大きな鳴き声 ほら今に君へ届けてみせるんだ
story:7 ぼくは恐竜アイドル(2)
少し遠くから聞こえる音楽を目指し、急ぎ足で向かう男の子。
「あっちゃ~~遅なってもうた~~。見に行く言うたのに~!まだ、終わらんといてやー!」
チラシ配りの時に会った、てとらと同じダンススクールに通う、さぶれだ。会場に向かう途中に迷子の御婆さんを案内するというイベントが発生し、かなり遅れをとってしまったようだ。
最後の角を曲がり、ようやく店の門までたどり着いた。中を見渡し、先に来ている妹と母を探す。子供たちと一緒に踊るコーナーの最中で、ステージには上がらず客席の端のほうで一生懸命に体を動かす妹と、横で手拍子をする母の姿が見えた。さぶれはささっと駆け寄り声をかけた。
「たると、楽しんどるか?遅なってごめんな~。」
「お兄ちゃん!やっときたー!見て見て、たるとな、これ、踊れるねんで!」
たるとと呼ばれた女の子はさぶれの方を向き、せーの、と曲に合わせてダンスを披露する。
「めっちゃうまいやん!さすが俺の妹や~!」
わしゃわしゃと頭をなで、ぎゅーっと抱擁した。たるとはくすぐったそうに笑う。そんな兄妹を微笑ましく見ていた母が会話に入ってきた。
「ふふ、さっきからはしゃいじゃって大変なのよ。ステージに上がりたいって言ってたんだけど、私から離れるのはちょっと不安だから、ちゃーんと我慢したのよね。たるちゃん。」
「そうなんか。たるとはお利口さんやな~。体の調子も良さそうやし、もうすぐ退院できるんちゃうか~?」
「そうやねん、先生も言うてた!お家帰ったら、たると、お兄ちゃんといっぱい遊びたい!」
「あ~もうめっちゃかわいい~~!遊ぶに決まっとる~~!!」
「うあー!お兄ちゃんくるしいくるしい!」
妹溺愛のさぶれは、かわいさのあまり少し力強く抱きしめてしまったようだ。ぺちぺちと背中を叩かれて、ごめんごめん、と慌てて腕の力をゆるめた。
その時、曲が終わり、ステージ上で踊っていた子供たちが客席に戻ってきた。一緒に踊るコーナーが終わり、ステージにはてとら一人にだけになった。少しの静寂に、客席がてとらに注目する。
「みんな一緒に踊ってくれてありがとう!えと、次が、最後の曲になります。ほんとに、数日前にできあがった、ぼくのために作っていただいた、初めての曲です。時間がなくて不安もあったけど…今も緊張してるけど…でも、こんな今のぼくにできることを、見てもらいたいなと思って、踊ることに決めました…!」
見ていてください!と勢いよく頭を下げると、かおるがステージ端にガオベエくんぬいぐるみと、おもちゃのマイクスタンドをスッと設置して、紹介を始める。
『ガオベエくんの歌で、てとらくんが踊ります!まだまだ不安定なよちよちアイドルだけど、いつかぜったい、あなたの心を侵略します!『不定期侵略申シ上ゲマス』の、始まりの歌、『フテシン!』です!どうぞ~~!』
会場に拍手が起こり、少し静まった後、軽快な音楽が流れる。
青空に向かってこぶしを突き上げ、闘うような仕草からダンスが始まる。すると、てとら自身での振付ということもあり簡単な個所が多く、見ている子供達も楽しく一緒に踊り始めた。
(※音量にご注意ください。)
「わあ~!お兄ちゃんお兄ちゃん、あのこ、ひまわりみたいやな!」
他の子供達と同様に、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらたるとが言った。まだ寒さも残るような春なのに、青空の下で、大きく体を動かして満開の笑顔で踊るてとらは、さぶれから見てもとても輝いて見えた。同じダンスを学ぶ仲間として、少し悔しく思えるくらいに。
「ほんまやな…てとらくん、すごいわ。」
たるとは、ため息まじりに呟いた兄の袖をちょんちょんと引っ張った。
「…お兄ちゃんも、ダンスならってるの、アイドルになるためなん?」
「どうなんやろうな。ダンスはめっちゃ好きなんやけどなぁ。」
「あんな、たると、お兄ちゃんが踊ってるの見るの、ほんまにめっちゃ好きやし、楽しくなるん!みんなにも見てほしいなって思うくらい!」
自分も心のどこかでああなりたいと思っているだろうもどかしい気持ちを吹き飛ばすような、妹の笑顔と明るい声に、ありがとうな、と頭をなでた。
曲の終盤、歌詞に合わせ、親指と人差し指を立てて銃の形にした手を真正面に向け、バンと撃つ。指差した先にさぶれを見つけたてとらは、撃ち抜いた真剣な表情から、一瞬、へらっといつものようにゆるく笑った。
「…ふはっ!なんやんねんもう~、へんなやっちゃな!」
思いっきり吹き出して笑ったさぶれは、よっしゃ!と、ふっきれたように子供達にまじってぴょんぴょん跳ねて踊り始めた。
(……アイドルか…。ええかもしれんな!)
* * *
「うううう、うわーーーーん!!!」
「うわあああ!かおるさん、落ち着いて!?落ち着いてえーー!!」
ライブを無事に終え、客席から人がいなくなり一息ついたてとらに、派手に泣きながら駆け寄ってきた。手でぎゅうぎゅう押し返しても止まらないその勢いに椅子から転げ落ちそうになる。
「あぶない!あぶないから!かおるさん!!おすわり!!!!」
「……はっ!!ごめんごめん!!っておすわり!?」
「あ、ごめんなさい、かおるさんの勢いが飼ってる犬にめちゃくちゃ似てたからつい……」
「ううう……もう犬でもいいわ~~!この感動は止められないの~~!」
危険を感じ、さっとかおるに背を向けると肩をつかまれ揺さぶられた。
「もう、てとらくん、聞いてよ~~!!ほんとに感動したの、もうライブ最高だったわ!全力なのもかわいさも、大好評よ~!!商店街でファンクラブできちゃうかも~~!」
「ふぁ、ふぁんくらぶ……」
確かに、ライブ後に商店街のおばちゃんや年配の方々から、囲まれて褒められていた。演歌歌手の応援みたいにハッピとか着るのだろうか、とぼんやり想像する。
「あとあと!!大ニュース!!仲間を増やそうと思うの~~!!」
は?と、ゆっくりと振り返った。
「……なかま!?ねえ、それ、また勝手に決めちゃったりしてないよね!?」