するどくつよいキバはないけれど
僕は僕だけがなれる恐竜さ
story:6 ぼくは恐竜アイドル(1)
ついに、ライブ当日。
朝早く目覚め、いつもの黄色い恐竜パーカーに着替えたてとらは、振りや歌詞を頭にぐるぐるめぐらせながら会場となるガオガオ共和国へ向かっていた。
ポケットには、家を出る時、双子の妹ぽぷりにもらったフェルトでできたお守り。いびつだが、にこやかな表情の恐竜だ。歩きながら何度も取り出し、きゅっとにぎってはポケットにしまう。
「ん~~!快晴!よかったわ~~!」
お店の門の前で伸びをしながら喜びの声をあげるかおるを見つけ、たたたと駆け寄る。
「お、おはようございます!」
「わお!おはよう、はやいね~!あれ、歩いてきたの?」
「はやく目が覚めたので、ゆっくり歩いてきました。……まあ、頭ぐるぐるしながら自転車乗ると危ないからって、母さんが。」
「ふふ、ほんとだ。めいっぱい、ぐるぐるさせてきました~って顔してる~。ほらほら、中学生が眉間にしわよせない~!えいえいっ!」
ぐぐっと寄った眉間をツンツンとつつかれ、ううっとうつむく。
「そうそう!ステージの用意、できてるよ~!見て見て!」
かおるに促され門の中に足を進めると、必要なスペースだけではあるが伸び切っていた雑草はきれいに刈られ、客席にはかわいいピクニックシートが敷かれている。ステージ脇の柱にはたくさんの風船がとりつけられ、柱と柱の間にはカラフルな布が張られており、まるで小さなサーカスのようなポップな仕上がりだ。
「…す、すごい…!これ、ぜんぶかおるさんがやったんですか!?」
「ふふふ~!実は、『てとらくん撫で隊』の皆さんががんばってくれました~~!!」
「…え?」
じゃじゃーん!と、てとらをライブ広告の看板へ注目させると、その後ろから数人の女性がひょこっと顔を出した。そこには、先日チラシ配りの時に出会った商店街の婦人服店の女性もいた。てとらに、ひらひらと手を振っている。
「実は、チラシ配りしてから、てとらくん効果と、店がなくなるのは嫌だっていう方々から協力したいって連絡をもらっていてね~~。スポンサー兼、親衛隊…みたいな?」
「そ、そうなんですね……。」
突然のことにカチコチになりながらも、少しずつ女性たちの前に足を進め、ぺこっと頭を下げた。
「……えっと、ありがとうございます!まだまだうまくアイドルできないですけど、アイドルってなんだろって考えてばっかりですけど、今できることをやろうって思います、がんばります、お店を助けられるように…!なので…見ててくれると、うれしいです。」
たどたどしいがはっきりと思いを伝えた。ゆっくりと顔をあげ、へへっと照れながら困り顔で笑う。女性たちはハッと手を口に当て、ぶんぶんと激しく首を縦に振り、慌ただしく準備に戻っていった。
「…てとらくん、グッジョブ」
「…え?」
* * *
ライブ開演間近。客席のピクニックシートには親子連れが集まり、子供はきゃっきゃと走り回り、商店街のご年配の方も、少し用意された椅子に腰かけ、待っている。
想像以上の人の数に、ステージ横のついたての裏にスタンバイしているかおるとてとらは顔を見合わせた。緊張するてとらに、グッと親指を立て、だいじょうぶ!と元気づける。
そして、開演時間が来た。
かおるがすっとステージに上がり、司会を始める。
『皆様!こんにちは~!本日は、当店ガオガオ共和国、看板アイドルのデビューライブにお集まりいただき、ありがとうございます~!
…えー…お恥ずかしながら、当店はご覧の通りの状況なんです。草も生え放題、店内も、商品は多くありません。もう、終わりだろうか……そんな時に現れて、子供達の笑顔を見るために始めたという最初の気持ちを思い起こさせてくれた救世主。まだまだ小さい恐竜君ですが、ひといちばい、一生懸命な恐竜君です。今できることを1つずつ、精一杯やっていこうと、勇気をくれました!
……まだまだ話したいことはたくさんありますが、百聞は一見にしかずと言いますからね!それでは!看板てとらくんの登場です!みんなと一緒に踊っちゃうコーナーもあるので、全力で、楽しんでいってくださいね~!』
1曲目のイントロが流れ、かおると入れ替わりにてとらがステージに上がる。ぎゅっとこぶしをにぎりしめ、下を向いたまま中央に立つ。イントロが終わった瞬間、顔をあげ元気よく踊り始めると、客席からワッと声が上がった。
ステージ横で見ていたかおるも思わず声を上げ、目を丸くして注目する。
(え、てとらくん、すごくない…?すごくない…!?)
輝くひまわりのような笑顔で踊るてとらに、自然と客席も満面の笑みになっていた。元気いっぱいのダンスに子供達がぴょんぴょん飛び跳ね、歌詞にそった表情の変化に大人は目を奪われている。
1曲目が終わり、続けて数曲、踊り続ける。快晴の空に汗がキラキラと輝く。
曲が終わり、乱れた息を整えながら
「皆さん、ありがとうございます…!笑顔が、とってもとっても、うれしいです…!えと……次は、みんなで踊るコーナー…ですよね?かおるさん?かおるさーん?」
『はっ!あああ、ごめんなさい!てとらくんに見とれちゃってました~!ふふふ!』
見とれてしまっていた事実をてへっとおちゃめに白状しながらかおるがステージ横から司会を続ける。
『子供達~!君たちの出番だよ~!皆も知ってる”怪獣ウォッチ”の”怪獣体操!一緒に踊っちゃおう~!親御さん方、この曲の間はお子様をステージにあげていただいて大丈夫です~!楽しみましょう~!』
よくわからない子供達にも振付を教えてから、皆でダンスを始める。きゃっきゃと笑う子供たちの明るい声と、かわいらしいダンス。このコーナーも、無事大成功に終わった。
そして残るは、先日完成したばかりのオリジナル曲。
てとら自身の振付で踊る、最初の曲。