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ぼくには、誰かを元気にする力なんてなくて
でも、ぼくに夢をくれたあの恐竜みたいに
だれかを、笑顔にしてあげたいって、思ってしまったから

story:5 ライブイベント前夜

「てとら、まだ起きてるの?明日のためにはやく寝なくちゃ」
「…明日のために、もう少しがんばりたいんだ」

自分の部屋で、あまり物音をたてないよう静かに振りの確認をしているてとらに、少し開いた扉から母が心配そうな顔で声をかけた。一生懸命に歌詞カードを見てぽそぽそと呟きながら練習する姿に、「しょうがないわね。無理はせずに寝るのよ。」と、心配と嬉しい気持ちの入り混じったため息をつく。

「うん、ありがとう。あ、ぽぷり、もう寝た?」
「ぐっすりよ。明日が楽しみだって騒いでたけど、寝つきの良さは天才的だからね。」
「ふふ、そっか。」

照れくさそうに笑うてとらに母は、応援してるわ、と声をかけ扉を閉じる。
ぽぷりというのは、てとらの双子の妹だ。アイドルになる、ステージに立つと話し時には自分の事のように飛んでまわって喜んでくれた。

そして、数日前。最初の練習から数回、ダンスと歌練習を重ね、ここまで上達すれば十分だろうと一安心したその日に、かおるから大喜びで聞かされたのは、オリジナル曲完成の知らせだった。テンポのはやい曲の為、まずはダンス用にと機械音声で歌を入れてもらったそうで、次回のライブで踊りましょ~!と、ハイテンションだ。てとらはその場で何度も曲を聴き、真剣な表情でかおるに申し出た。


「……かおるさん。この曲、今回のライブで、踊りたいです。最後にこの曲、やりたいです。」
「……え!?!?どどどどうしたの!」
「あの、今、予定してるもの、心配ないし、曲も楽しいイベントにできるものだと思います。でも……」
「でも?」
「このライブをやるのはぼくじゃなくてもいいんじゃないかって、思ってしまって。ぼくには何もないから。人と同じことをしても、だめなんじゃないかなって。ぼくにしか、ぼくだけにできることって何だろうって、考えても、わかんなくて。もし、ぼくの為に作ってもらったこの曲で、ぼくが踊って、うまくできたって思えたら!!
……少しは自信になるんじゃないかなって、思ったんです。
けど、ご、ごめんなさい、せっかく作ってくれた曲なんだ、もっともっと時間をかけてやるべきですよね。」
「んーん!!」


てとらの話を聞いたかおるは、満面の笑みで首を横に振った。


「やろうよ~~!!これは、てとらくんの曲。きみのための曲。どう育てていくかも、きみが決めて良いの!自信をつけるチャンスがあるなら、チャレンジするべきだと思うなぁ~~!!」
「ありがとう、かおるさん。あと、もうひとつ……振付、自分で考えたい。」
「~~~!!うんうん!!やってみなやってみな!!!!」

びっくりするくらいの笑顔だったなぁ、かおるさん。思い出し笑いをし、あらためて歌詞カードに目をやる。

「これは誰かに頼まれたんじゃなくて、自分でやるっていったこと。」

ぎゅっとこぶしをにぎり、のびをし、深呼吸する。自分の緊張しい具合は知っている、きっとステージに立ったら、皆の前に出たら、想像以上に動けないはず。しかしあまり起きていると母も心配するし、何より寝不足は体によくない。

「よし、あと一回!通してやったら寝よう!」

笑顔の練習も怠ることなく通し終え、着替えて布団に入る。そして、もし万が一、緊張しすぎた時のために、お客さんをじゃがいもだと思い込むイメージトレーニングをして、眠りについた。

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