story:4 心の声
恐竜グッズ専門店 ガオガオ共和国。
今日は閉店している店の窓から繰り返し聴こえる音楽は、子供向けアニメの歌や、童謡。それに合わせて、ステップを踏む足音も聞こえてくる。
「むずかしいものが無くて安心しました……」
「小さい子も一緒に踊れる曲にしたからね~~。まあ、ライブまで時間がないのが一番の理由だけど!」
「時間を無くしたのはどこの誰ですか!!!」
「ひええ!お、落ち着きたまえ、ささ、冷たいお茶ですよ~~」
「お茶!ありがとうございます!!!」
ぷりぷり怒った顔でお茶を受け取りながらもきちんとお礼を言うてとらに、かおるはにこにこ笑顔だ。ごくごくと飲み干し、時計を見ると15時。おやつの時間を指している。朝から練習していたのもあり、ダンスは良い感じに身についてきていた。
「それにしても……てとらくんも現実の男の子だったんだねえ~。」
ダンス練習の為、いつもの恐竜風パーカーではなくTシャツに短パンというラフな格好のてとらを眺め、しみじみと呟いた。確かにこの姿からは、いつものファンタジー感は無い。Tシャツの首元を引っ張り汗を拭くと、ちらりとお腹が見えた。あ~これこれ!と、かおるはひとりでうんうん頷き、満足げな表情を浮かべている。
てとらは少し普通ではない視線に気づき、サッとお腹を隠し、よからぬことを考えるんじゃないぞと、かおるに怒りの視線を送る。
「…はっ!わ、わーー!もうこんな時間!ひゃ~~!んん~~今日はここらへんで終わろうか!来週末、ライブ前日にもう一回練習を入れて……。もし学校終わりに時間があればちょくちょく来ても大丈夫だし。」
かおるの視線もだいぶ不審で気になるが、ひとつ、何も聞いていない大事なことがあった。
「あの、これって、歌はどうするんですか?……ぼくですか?」
時間が止まった。ような空気が流れた。
かおるは「いっけね☆」と言わんばかりにチャーミングに舌を出しウィンクした。本当に詰めが甘い。甘過ぎる。肝心なところがすっぽ抜ける天才なのかもしれない。
「言っておきますけど、ぼく歌って踊るとか、したことないので。ちょっとの練習では無謀だと思うんですけど。……まさか歌わせないですよね?」
頑張ろう!なんとかなる!と言い出しかねないかおるに、てとらはズバッと先手を打った。かおるは一瞬ギクリとしたが、うつむいて手をもじもじさせながら、ぼそぼそと話し始めた。
「……たまごケーキ。」
「え?たまご?」
「……恐竜のたまごケーキ!1日20個限定の!買ってくるから!これで手を打ちませんか~!?」
「ぎぬ!……うあああああ、だめです!!!」
限定品に釣られかけたが、こぶしを握り締めてなんとか断った。ものすごく欲しいが、欲に負けると自分で自分の首を絞める事になる。もう痛い程身に染みている。だが、かおるも引き下がらず譲歩案を出してきた。
「一曲!一曲だけでいいから!や、やっぱり、つかみって大事だと思うんだよね~!最初にばばんって!ね~!?後の曲はボーカル入りので、こどもたちとわいわいするものだし!ね!ね!…だめ、ですかぁ~」
きゅ~~~っとだんだん小さく小動物のようになって、しゅんとしている姿に何だか弱い。しかたないなぁかわいいなぁと、和みそうになってしまう。許すと大変な事が増えるとわかっていても、断ることができない。
……かわいい?確かにまだまだ若く見える。あれ、このお店って何年やってるんだっけ。10年……?いやそれ以上……。ということは、かおるさんって今……。
「何歳なんですか」
「……へ?」
「あ。」
てとらは、ハッと口を塞いだが、残念ながら心の声は口からこぼれ出た後だ。
「……レディーに歳を聞くなんて、てとらくんは肝が座ってるんだねぇ☆あ!だったら、1曲くらいかるーく歌って踊れちゃうんじゃないかなぁ~!!」
しめた!と、今までのしょんぼりは嘘のように軽快に話し出す姿に、やってしまったと頭を抱えてわなわなと震える。
「ふふふ……なぁ~~んて」
「かわいくない……ぜんっぜん!!!かわいくない!!!!!」
「え!?え!?なに!?なんで!?よくわかんないけど、何かつらい!調子に乗ってごめんなさ~~い!!!」
今度は心の声を大声で叫ぶてとらに、思春期の子供の扱いには気を付けなきゃと的外れのような的を得ているような、微妙な決心を固めるかおるであった。