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「あの……このチラシ、どういうことですか……?」
「どういうことって、書いてある通りよ~!曲は有りものになるけど、オリジナルも急ピッチで手配しないとね~!」

「いちから……いちから説明してください!!!」

story:3 ぼくにできること

やると言ったからには、覚悟を決めた。
世間一般のアイドルのイメージのように、ステージで歌ったり踊ったりをいきなりやれと言われているわけではない。まずはただのチラシ配りだ。お店のお手伝いの一環だ。駅前や商店街でよくみる光景だ。特別珍しいものではない。いくら恥ずかしがりやだと言っても、きっとできる。自分にだってできる。できなきゃ、もう中学生だ。
そんな、一晩かけた暗示が、できあがっていたチラシを目にして、一瞬にして崩れ去ってしまった。てとらの写真の横に綴られているのは——

『恐竜グッズ専門店 ガオガオ共和国
ポップでキュートな、看板少年アイドルが誕生!
恐竜大好き!花丸てとら
当店屋外ステージにてライブ開催!お子様から、大人の方まで楽しく一緒に踊りましょう!

●月×日(●)13時~ ぜひお越しください!』

ライブ開催。
もういちど言おう。ライブ開催。

 

この言葉に、てとらは絶句し、抗議を申し立てたのだ。

「こんな話聞いてないです……!無理です!無理!!チラシ作り直してください!!!」
「ええ~~!がんばって作ったのに……てとらくんもすっごくキュートに撮れてるのに~!」
「文章だけ!文章だけ変えて!こんなすぐに、ライブなんてできるわけないでしょ……!」

かおるは、まあ待ちなさい、と言わんばかりに手のひらをてとらの方に向け、ポケットからスマフォを取り出した。すいすい……と、操作し、差し出した画面には、LIME。メッセージアプリである。てとらのアカウントのホームを表示すると、チラホラと写真が投稿してある。頭にハテナを浮かべるてとら。かおるは得意げな顔で、ある写真についたコメントを表示する。友人からのコメントだろうか。


『明日のダンスレッスン、発表会用の曲決めるってさ』

「ふふふふ!てとらくんがダンス教室に通っていることは、調査済みなのよ!」
「……。それだけで?それだけでライブ決めちゃったの?てゆかそれ、調査って言わないよね。誰でも見れるよね。」

真顔で返答するてとらに、だんだんとまずい空気を察知し、先程のどや顔はどこへやら、かおるは唇を尖らせうつむいた。両手の人差し指をちょんちょんとひっつけいじいじしながら、ぽつりぽつりと喋り出す。

「だってだって…チラシ作ってたらまたノッてきちゃって……いけると思ったんだよう。……いや、ううん……ごめんね。私ちょっと必死になって突っ走りすぎてたのかもしれない。お店が守れるかもって思ったら、あれやこれやって次々に考えちゃって…。でも、まだ中学生のてとらくんに無理させるのは、ダメだね。あ~~、はは、こんなんだから、お店もダメになっちゃったのかな。」
「かおるさん……。」

このお店が無くなるのは嫌だ。できることなら何だってしたい。
いつもへらへらとしているかおるが目の前でしゅんとしている姿は、とっても小さく見えた。詳しく年齢は知らないが、まだまだ若く見える。てとらの表情をチラチラと伺いながら、眉を下げて申し訳なさそうに笑むかおるが、なんだか少しかわいく見えた。

「必死になるのはわかるし、いつかはそういうこともしなきゃいけないの、ぼくもわかってます……。でも、何の相談もなく決めるのはちょっと、心臓に悪いです。止まっちゃうかも。」

場を和ませようと、へへっと軽く笑う。すると、かおるもへらっと笑った。

「んんん……てとらくん、ありがとう~。あの…えと…次からは、先走らないように気をつける、うん、気をつける。の、だけど…。実は…その…。」
「まだ、何か……?」
「実は……チラシ、もうホームページに載せちゃって、問い合わせもきてて、駅前にある知り合いのカフェにも置いてもらっちゃってまして。」

とんでもなく、嫌な予感がする。

「今回のライブは!決行させてください……!!!」

勢いよくガバッと腰から90度以上、折りたたみの何かかと思うくらい頭を下げて、叫んだ。「今回だけは……今回だけは……」と繰り返し懇願する声が聞こえる。てとらは2度目の衝撃をうけ、それはもうひどく顔を引きつらせてぷるぷると震えながら

「いや、ねえ、ははは、悪い冗談やめてください。」

かおるを見つめる。一向に頭を上げる気配は無い。それどころか、もはや小動物の鳴き声のようなレベルの謝罪の声が止まらない。

「嘘でしょ……ねえ、嘘でしょぉ~~~~!?!」

 

* * *

お昼過ぎの賑わう商店街で、チラシを手にたたずんでいる少年と、ピエロの格好をした女性。無理を通したかおるにも何か頑張ってもらおうと、周りの視線をひとりじめしてくれるような派手な衣装のピエロを着させたのだが、一緒にいるのがとても恥ずかしい。
計算ミスだ……。
しかたなく少し距離をとって、チラシを配る。

「てとらくん、そんな小さい声じゃ誰ももらってくれないよ!私を見てて!」

派手な格好も何のその、気にするそぶりもなく、明るく大きな声と笑顔でチラシを配っている。元演劇部は名ばかりではないと言うことか、そもそもそういった性格なのか。後者のような気がするなぁと、空笑いでかおるを見守る。お詫びとして頑張ってくれているのだろう、と良いように考えることにした。

「あら、かおるちゃんじゃなーい!そんな格好してどうしたの?お店の宣伝かしら?」

声をかけてきた婦人服店の女性はかおるの知り合いのようで、キャッキャと話が盛り上がっている。眺めていると、パッとかおるが振り向き、かけよってきた。

「おばさま!こちらの子が、その花丸てとらくん!当店の看板アイドルです!」

てとらの後ろに回り、ぐいぐいっと背中を押す。あわてふためきながらも、女性のところまで来てしまったてとらはチラチラと目を合わせ、てとらです、と、ぺこりとおじぎをした。すると、女性は両手で口を覆い、きゃあ~~~と声にならない声を上げた。

「やっだ~~~!かわいい~~!!もう、かおるちゃんったら、こんな子どこから連れてきたのよぉ~!!なでても良いかしら!?ああ、飴ちゃん食べるかしら!」
「ふふふ、仕入れ先は企業秘密です~~!愛くるしいてとらくんを、どうぞご贔屓にっ!」

最近、この辺りに引っ越してきたばかりのてとらは、まだ顔なじみもあまりいない。ただの偶然ではあるが、アイドルをやるには、新鮮で良い要素だったようだ。かおるは、ふふふんっと得意げな顔をしている。

「あっれー?もしかして、てとら君ちゃう?」

名前を呼ばれ振り返ると、どこかで見たことがあるような気がする少年。きょとんとして口ごもるてとらに、そっか~と少年は頭をかきながら続けた。

「クラスは違うけど、ダンススクールで一緒の「さぶれ」や!う~ん、覚えてへんかなぁ?」
「なんとなく、だけ……ご、ごめんなさい。」
「ああ、いやいや、何も怒ってへんよ。だって、てとら君入ったの最近やん?まだ廊下ですれ違ったことしかあらへんし。」

すれ違っただけの人が、なんで名前を知ってるのか。なんで今こうやって声をかけてくれているのか。てとらは、自分より少し背が高いさぶれを上目で見ながら、不思議そうに「はぁ……」と首を傾げた。さぶれは何か満足そうににこっと笑い、てとらが手に持っているチラシに目をやった。

「え、なになに!てとら君アイドルデビュー!?」
「えっ、いや、デビューとかそんなんじゃなくて、あの、お店のお手伝いの一環というか、なんというか、その……もごごごっ」
「そうなんです~~!今日、初めての宣伝活動で!今こそデビューの瞬間!きみ、良いところに遭遇したねぇ~~!てとらくんの応援、よろしくね~~!」

焦って説明をしている途中のてとらの口を手で塞ぎ、ここぞとばかりに喋り出したのはかおるだ。さぶれは、チラシを受け取り、ほうほうと読み進める。

「はっはーん。めっちゃ楽しそうやん!ライブ、行きますわ!」

まったね~~と、手を振りながら去っていくさぶれを、角を曲がって姿が見えなくなるまで呆然と眺めていた。その間も、かおるはあちらこちらに駆け回り、せっせとチラシ配りを続けている。てとらはグッと歯をかみ締め、両頬をパンパンと叩き、気合を入れる。皆の元気と明るさに圧倒されっぱなしで、自分が何もできていないことが情けなく思えたのだ。
大きく息を吸い込み、意を決して声をかける。

「ガオガオ共和国、看板アイドルのてとらです!ライブやります……!見に来てください……!」

すると、道行く人に声が届き、会釈とともにチラシを受け取ってもらえた。てとらは小さくガッツポーズをし、少しずつ、確実にチラシ配りを進めていく。真っ直ぐ顔を上げて、緊張しながらも人の目を見て話す姿を、かおるは遠くから見つめていた。ありがとうの気持ちが溢れ、涙がこぼれそうになる。

(あの子が、子供達が、笑顔でいられる場所。がんばろう、もう1人じゃないんだ。一緒に、がんばろう……!)

かおるは目をごしごしこすり、ずずっと鼻をすすって、よりいっそう大きな声で宣伝を続けた。

ライブの日は近い。大変な練習が始まるのだろう。すぐになんて、きっと何もできない。弱音ばっかり言ってしまうかもしれない。でも、少しずつ、少しずつでも、ぼくのできることを頑張っていこう。猪突猛進で、一生懸命な仲間もいる。突っ走りすぎるところが玉にキズだけど。
きっとできる。てとらは、改めて心を決めた。

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